CALENDAR
S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< January 2018 >>
SPONSORED LINKS
ARCHIVES
CATEGORIES
MOBILE
qrcode
| main | Family Affair. 一日目 その2「かすかな苛立ち」 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
Family Affair. 一日目 その1「月のない夜」
 柳洞寺を出たのは、もう既に日は落ちた、夜の九時過ぎくらいの事だった。
 学校で、いつもの一成の手伝い――がらくたの修理を終えた後、何かお礼がしたいという彼の言葉に甘えて、久しぶりに柳洞寺に寄らせてもらい、夕食を奢って貰ったのだ。
 一成とは、つい先ほどまでお茶をご馳走になりながら、下らない話に花を咲かせていたんだけど、そろそろお暇せねば、いかに仲の良い友人同士とはいえ礼儀知らずな時間になってしまうので、きりが良いところで失礼させて貰うことにした。
 ヤツは、どうやら俺に泊まっていって欲しかったようだったけど、ウチには一匹、手厳しい虎が待っているので、そういうワケには行かない。
 ただでなくとも、今日共にするはずだった夕食をキャンセルしたのだ。
 さらに一泊となると、あの虎が黙っているとは思えない。主に、明日の朝飯の為に。

 ふと、山門を見上げる。
 手にした折り畳み傘には、先ほどからばらばらと雨粒が叩きつけられていた。
 深い闇のような黒々とした夜空に、月は浮かんでいない。
 柳洞寺に訪れた時は、綺麗な茜色の夕日だったんだけど、話し込んでいる間に雨雲が立ちこめ、今ではすっかり本降りの状態だ。
 その、吸い込まれそうな暗闇から視線を少し降ろすと、今まで下ってきた、長々とした階段があった。
 さらに視線を降ろして、これから俺が向かうべき方向を見れば、またそれと同じくらいの階段が続いている。
 人は信仰心を示すため、あえて困難な場所に神殿を建てる――などという話をテレビで見かけた事があったけど、そこが友人の家の場合は、もう少しばかり気軽に尋ねられる場所に有って欲しいものだ……なんて考える俺は、根性無しだろうか。

「帰りは良いんだけど、行きがなぁー」

 いや、今日のように雨が降ると、帰りも危なっかしくて仕方が無い。
 これは、信仰心などでは無く、俺と一成との友情が試されているのだろうか。
 などと情けない独り言を呟く……その時だ。
 がさり、と小さく、枯葉を踏みしめるような音が聞こえた。
 そちらを見やると、お化けでも出てきそうなくらい鬱蒼と茂った木々が広がっている。
 タヌキかネコかな?
 などと、愛らしいそれらの動物の姿を思い浮かべながら、ふとした気まぐれで、視界を邪魔する枝々を避けながらそちらを覗き込んだ。
 すると……

「!?」

 ――驚いた。
 いやもう、それは本気で驚いた。
 腰を抜かして、まだまだ続く石の階段を真逆さまに転げ落ちる――なんて事にならなかったのは、奇跡と言って良いほどに、心底驚いていた。
 だってそこに居たのは、ネコでもタヌキでも無かったんだ。

 ――お、お化けの方だったのか!?

 声にならない悲鳴というのを、初めて体験した。
 いや、根性無し決定と仰られぬな。
 だって目の前には、女性が――それも紫色のローブを纏った女性が、傍らの木に寄りかかるようにして立っていたのだ。

「……」
「……」

 当の女性の方も、突然現れた俺に驚いたような気配を見せた。
 互いに無言。
 妙な気配で静止した時間に、思わずその女性を上から下へと眺めてしまう。
 それでやっと解った。
 目の前の女性は、お化けなんかじゃない。
 その本質が何であれ、ちゃんと肉体を持って、この世に存在していた。
 いや、しかし……。
 見れば見るほど、女性のその姿は、奇妙なものだった。
 時代錯誤と言うよりは、御伽噺の世界のような紫色のローブと、その下の服装。
 顔はすっぽりとフードで隠されており、窺う事は出来ない。
 そして……

「あ……」

 俺はある事に気付いて、小さく声を上げた。
 女性は、その声に怯えたように、びくりと肩を震わす。

「あんた、怪我してるのか?」
「っは――え――?」

 苦しそうな吐息を漏らす女性に、俺は歩みを進めた。
 がさがさがさ。
 落ち葉を踏みしめる音がする度に、女性は怯えるように後退する。
 いやそりゃ何の前触れも無く現れた男が、突然近づいてきたら、恐ろしくも思うだろうが、このまま放って置くわけにはいかなかった。
 だって彼女は、全身を真っ赤な血で染めていたのだから。

「大丈夫だ、安心して。
 俺は、ここのお寺の息子の友人だから」

 ――む?
 女性を安心させようと、口に出た言葉に違和感を覚える。
 何と言うか、説得力に欠けた言葉だ。
 こんな事言われた所で「はい、そうですか」と、納得できるわけが無い。
 しかし女性は、もう後退することに疲れたのか、その場に倒れるようにしゃがみ込んでしまった。
 いや、疲れたというより、そうする気力が無いんだ。

「ちょ、ちょっと!」

 俺はそう慌てて声を上げると、足場の悪い濡れた雑木林を駆けた。
 女性の元へ辿り着くと、その全身が血以外にも、この強い雨でグッショリと濡れている事に気が付く。
 何て間抜けだ。
 この大雨とも言える空模様で、傘を差していなかった彼女が濡れぬわけが無い。
 一瞬の躊躇。
 しかし、迷っている暇は無いようだ。

「ごめん」

 短く謝った後、俺は着ていたコートを座り込んでいた彼女に被せるようにかけ、さらに両足を踏ん張ると、すっかり冷えた状態の背中と膝の裏に腕を回して、ひょいとその身体を抱き上げた。
 びしょびしょのローブの水が、制服越しに胸を濡らすけど、両腕に伝わる重みは、思った以上に軽い。

「え……あ、貴方、何をするつもりっ!?」

 初めて、女性が大きな声を上げる。
 身を捩るように抵抗する彼女の当然の反応に困ってしまって、思わず眉間に皺を寄せた。

「大丈夫、手当てをするだけだから」

 納得して貰えないだろうなぁ……なんて考えながら、女性の顔を見て答えるけど、案の定、腕の中の抵抗は止む様子が無い。

「――っく、放っておいて!
 もう、こりごりだわ。
 利用されるのも、憎まれるのも、みんなっ!
 もう良いの、このまま死なせて!」
「お、おい、なにを馬鹿なことを言ってるんだ、アンタ!?」

 腕の中の女性は、何やらわけのわからぬ事を、それこそ悲鳴のように捲くし立てる。
 それは、とても悲痛なもので、聞いているこちらまで胸が締め付けられるようだった。

「いてっ!
 ちょ、暴れないで、落ちるぞ!」

 ただで無くても、俺と彼女の体格はさほど変わらないのだ。
 いや、彼女が大柄なんじゃ無くて、俺が……その……男にしては小柄な方なんだが……いや、今はそんな事、どうでも良いわけで。
 さらに言うなら、雨の雑木林――しかも、わりと急な斜面であるここは、足場として最悪だ。
 そんな状態で、こうも腕の中で暴れられては、堪ったものでは無かった。
 それにその、何と言うか――ポカポカと力無く俺の胸を叩く彼女の腕が、物理的ではなく、心理的にダメージを負わせてくる。

「落とせば良いじゃない!
 放っておいてって、言ってるでしょ!」

 悲痛に叫ぶ彼女の事情は、全く解らない。
 ――それは確かだ。

 でも、腕の中の女性は、何やらとても弱っていて、とても傷ついている。
 ――それも確かだ。

 だったら、正義の味方を目指す衛宮士郎が為すべき事は唯一つ。
 そうだろ、オヤジ?

「あぁ〜もう!」

 気合入れと、ちょっとばかし溜まっていたイライラの発散を兼ねて、俺は大きく叫んだ。
 腕の中の女性は、その声にビクリと肩を震わせる。

「頼むから、ちょっと黙ってろ!」

 言って、俺は雑木林の斜面を滑るようにして駆け下り始めた。
 階段に向かう事も考えたけど、雨に濡れた石の階段を駆け下りるなんて自殺行為以外の何者でもない。
 けどこちらならば、もしコケたとしても天然のクッションがダメージを少なからず軽減してくれるだろう。
 いや、意地でもコケないけど!

「はっ、はっ、はっ……」

 短く息を切りながら、足を進めていく。
 気をつけるべきは、勝手気ままに生えた木々にぶつからない事。
 飛び出した岩や木の根、蔦や草に足を取られない事。
 後は単純に、柔らかく安定していない濡れた足場に、滑って転ばない事。
 それだけに注意して、ただただ駆け抜ける。
 ふと気が付けば、手にしていた折り畳み傘は、どこかに忘れてきてしまったようだ。

「ふ――は、ぁ、どこ、へ、行くつもり?」

 俺の胸元に、熱いとさえ感じる程の吐息を零しながら、女性が苦しげに口を開く。
 もはや彼女に抵抗は無く、その手は、俺のアンバーの制服を力なく握っているだけだ。

「俺の、家に!
 どこまで、出来るか、わかんない、けどっ!」

 自分の足の上下に合わせて、言葉が途切れ途切れになる。
 そのうち、街路灯の明かりが見え初めて、雑木林を抜け出した。

 ダンッ!
 山の斜面を降りてきた勢いを、道路に出て第一歩目で殺す。
 ジ〜ンと、硬いアスファルトが、容赦なく俺の脚を痺れさせるけど、気にしている余裕は無かった。
 何故か、急がなきゃいけないと、確信めいた予感が頭を支配しているのだ。

「ところで、教えて、ほしいん、だけど!」

 今度は舗装された道を全速力で飛ばしながら、腕の中でどんどん力を失っていく女性に話しかける。
 その彼女が、顔を少し上げたのを見て、言葉を続けた。

「アンタの、怪我って、普通の、手当てで、大丈夫、なのか?」

 はっ、はっ、はっ、はっ。
 数秒間、俺の短い呼吸と足音だけが、響く。
 女性はと言うと、驚いた様子で制服を掴んでいた手に力を込めた。

「――坊や、貴方……今なんて?」
「ぼ、ぼうや?
 ……あぁ、いや、普通の、人間にする、手当てで、大丈夫かって、聞いたんだ。
 アンタ、人間とは、違う、種族、なんだろう?」

 はっ、はっ、はっ、はっ。
 再び数秒間、俺の短い呼吸と足音だけがその場に響いた。
 女性は一度俺の顔をマジマジと見るような仕草を見せると、ふと俯いて、何やら呟く。
 耳を澄ますと、

「――迂闊だったわ。
 余りにも微弱な魔力だったから……」

 などと、ちょっぴり失礼な事を言っていた。
 はっ、はっ、はっ……。
 彼女のセリフは気になるが、足の速度は緩めない。
 全速力で、ただ走り抜ける。

 ――どうやら彼女は、俺が魔術師だってことに気付いていなかったようだ。
 だから、自分が人とは違う存在だと言う事を、俺が気付いてないのだと思っていたらしい。
 いやあの状況で、この人が普通の人間だったとしたら、俺はこうして夜の住宅街を女性を抱えて走り抜けるなんて、とんでもなくアグレッシブな行為は、決してしなかっただろう。
 もしそうなら、とりあえず一成の元へ駆け込んで、救急車を呼ぶってのが、一番ベストなやり方だ。
 それが出来なかったのは、偏に彼女が人とは違う生の有り方の存在だったからに他ならない。
 人間でないのだから、人間の病院に連れ込んだ所で、その傷を癒せる筈が無いのだから。
 だったら、魔術師見習いである俺が、何とかするしか無いだろ?
 ――いや、何とかすると言って、治癒の魔術なんて上等なものは、俺は使えないけれども。

 はっ、はっ、はっ、はっ。
 相変わらず、腕の中の女性は考え込んでいる様子だ。
 時折、チラリと俺の顔を盗み見ては、少し苦悶した様子でウンウン唸っている。
 どれくらい、そうしていただろうか。
 暫くの沈黙の後、思考がまとまったのか、女性は再び顔を少し上げて、握った俺の制服を少し引っ張り、そちらに気を惹かせた。
 そして、少しだけ呼吸が楽になった様子で、ゆっくりと口を開く。

「聞くけど――貴方、聖杯戦争ってご存知かしら?」
「……は?
 なんだ、それは?」
「じゃあ使い魔の召喚や、契約の呪文は使える?」
「悪いが、俺は、魔術師、見習い、なんだ。
 使える、魔術は、二つ、しかない」
「……なるほどね」

 俺の返答に、妙に納得したようで、それでいて少し呆れた雰囲気で、女性が頷いた。

「――む」

 その態度に、ほんの少しばかり、カチンとくる。
 いや確かに俺は、中途半端な魔術師見習いなんだが。
 自分でその未熟さが解っている分、他人に指摘されるとムッときてしまう――なんて、まだまだ俺は、子供なようだ。
 腕の中の女性は、そんな眉間に皺の寄った俺の顔を眺めながら、再び何やら考えている。

「……私のことを、助けて下さるのかしら?
 それで、どんなことに巻き込まれるとしても?」
「言ってる、意味が、よく、解らない、な――。
 ただ、俺は、アンタを、このまま、見捨てる、気は、毛頭、無い」

 それは絶対だ。誓っても良い。

 肺が上下するせいで、途絶え途絶えになってしまっている俺の答えに、女性はもう一度、制服を握る手の力を強めた。
 そして「はぁ」と一つ、大きく溜息をつく。
 それはどこか、安心したような、諦めたような、覚悟をしたような、そんな複雑な溜息だった。

「貴方の家までは、後どれほどかしら?」
「後、3分、くらい、か――?」

 俺は、まわりの風景を見回しながら、そう告げる。
 その答えに、彼女はもう一度――今度は安堵の溜息を小さくついた。

「そう、良かったわ。
 もうそろそろ、限界――だったから」

 言って、彼女は握っていた制服を離す。
 そして徐に俺の首に手を回すと、身体を起して、そのフードに隠れた顔を、ちょうど抱き合うような形で肩に乗せた。
 すると、俺の両腕にのみかかっていた負荷が、首と肩と胸に分散されて、大分体勢が楽になる。
 しかし――。
 すっかりびしょ濡れになった二人の身体に、互いの体温は熱すぎた。
 密着して形を変えている彼女の柔らかい胸のふくらみが、まるで直接触れ合ってるかのように、火傷しそうな熱を送ってくる。
 ドクドクと、心臓が煩く音を立てるのは、決して全速力で走っている事だけが原因ではなかった。

「本当は、霊体になれれば良いのだけど――。
 もはやこの身には、それを行う力すら残ってないようだわ……」

 耳元で、彼女が何事かを呟く。
 その声が、とてつもなく弱弱しくて。
 俺は、余計な妄想を切り捨てた。

 はっ、はっ、はっ、はっ。
 短く響く、俺の呼吸。

 たとえ、何と引き換えにしても、俺は腕の中の女性を――目の前の命を、助ける。
 そう、心に誓った。





Next: 一日目 その2「かすかな苛立ち」



| 長編 SS [Family Affair.] | 00:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 00:34 | - | - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://m634.jugem.cc/trackback/1
トラックバック